棚卸時間を95%削減。創業100年の大島紬メーカーが実践するDXのリアル
- 2026年03月16日
- 藤絹織物株式会社
- 製造業
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創業から間もなく100年を迎える藤絹織物株式会社は、鹿児島県で大島紬を製造してきた老舗メーカーです。2007年に家業を継ぐため鹿児島へ戻った藤陽一氏は、現場に入り、長年続いてきた業務の在り方と向き合うことになりました。
そこで目にしたのは、重たい台帳や紙の原図に支えられてきた、昔ながらの業務の姿でした。台帳や原図が紙のまま保管されている状況では、会社が長年積み重ねてきた柄や技術を次の世代に残せない。そう考えたことが、DXに取り組むきっかけでした。
本記事では、伝統工芸の現場でどのようにDXを進めてきたのか。その具体的な取り組みと、取り組む際のポイントや今後の展望について紹介します。
100年続く伝統織物と、事業を取り巻く課題
――はじめに、事業内容について教えてください
弊社は、鹿児島市内で大島紬の製造を行っています。柄を考え、原図を起こし、それをもとに糸づくりや染め、織りの工程を重ねながら、一反一反を仕上げていく仕事です。過去に手がけた柄や原図は、次のものづくりの参考にもなるため、長年の積み重ねそのものが事業の基盤になっています。
弊社の特徴の一つが、祖父の名前を冠した「都喜ヱ門(ときえもん)」というブランドです。柄の細かさや多色使い、そして「ぼかし」の技術によって、柄全体に立体感や奥行きを持たせる点が大きな特徴で、他社との違いでもあります。着物業界の中では、県外でも名前を知っていただく機会が多く、これは祖父の代から積み重ねてきた技術と表現力の成果だと感じています。
一方で、大島紬を取り巻く環境は年々厳しさを増しています。かつては鹿児島県全体で年間100万反近くが生産されていました。当時は弊社も4,000〜5,000人規模の職工を抱えていたと言われています。しかし現在では、県全体の生産量は1万反ほどにまで減少し、弊社の職工も大きく減りました。
そうした中でも藤絹織物としては、「都喜ヱ門」の柄や技術をはじめ、これまで積み重ねてきたものをきちんと残し、次の世代へつないでいくことが重要だと考えています。
――事業を続ける中で、どのような課題がありましたか。
過去に蓄積してきた柄や原図を十分に活かしきれていなかったことが大きな課題でした。
柄を考える際には、これまでに作ってきた柄を参考にすることが欠かせません。しかし、古い台帳には細かな索引がなく、年代ごとに分かれている程度だったため、重たい台帳をめくりながら感覚的に探していくしかありませんでした。
また、原図は棚に積み上げて保管されており、下の方にあるものは重くて簡単には取り出せない状態でした。そのため、下にあるという理由だけで、せっかくの原図が見返されないままになってしまうこともあります。
柄や原図は会社にとって大切な資産である一方で、こうした管理のあり方が、日々の業務の負担になっていたのが実情です。
100年近く続いてきた中で、大昔のものはすでに残っていない柄もあります。だからこそ、今残っているものだけでもきちんとデジタル化しておかないと、これから先、さらに100年事業を続けていく上で支障が出ると考えました。
DX推進室を設置。現場目線での課題解決を実現
――その課題に対して、まず何から取り組まれたのでしょうか。
私自身がもともとIT業界にいたこともあり、原図や反物をデジタル化するには、画像管理ソフトを中心に考えればよいというイメージは持っていました。そこで、鹿児島県の中小企業DX支援事業を活用し、アドバイザーの支援を受けながら、画像管理ソフトやスキャナーの導入に向けた検討を進めていきました。
――社内でDXを推進する体制について教えてください。
既存のシステム部門は、現場からの依頼に対応するという役割が中心でした。そのため、現場側が「DXで何をすればいいのか」を具体的に描けていない場合、取り組みが進みにくいという課題がありました。そこで、グループ内のシステム部門とは別に、現場の課題を拾い上げることを目的とした「DX推進室」を設けました。
担当者には営業部門の人材をアサインしました。もともと現場をよく知る立場にありましたし、「IT関係のものづくりがしたい」という強い意欲を持っていたことも理由の一つです。担当者自ら現場に足を運んでヒアリングを行い、日々の業務の中で感じている課題を拾い上げながら、現場とシステムの間に立って解決策を考える“架け橋”としての役割を担っています。
――現場の声を拾うことが重要なんですね。
そうですね。経営者やDX推進担当者が現場に入り込み、こちらから生の声を聞きに行くことが大切だと思っています。現場から「こんなことができないですか」と声が自然に上がってくることはあまりありません。だからこそ、自分たちから足を運び、話を聞くようにしています。システム部門だけでは難しかった取り組みも、現場を知っている人間が進めることで、はじめて形にできる場合があります。
棚卸時間95%削減。飲食事業でも成果が続々
――具体的な成果について教えてください。
棚卸や原図管理といった課題に対し、藤絹織物では複数のITツールを組み合わせて導入を進めています。
まず、反物や在庫管理の効率化を目的に、RFIDとハンディターミナル「RFLogispert」を導入しました。従来は職工が一つひとつ目視で確認していた棚卸作業が、RFIDによって一括で把握できるようになり、4時間かかっていた棚卸が10分で終わるまでに短縮されています。今後は入出庫管理の機能も拡張し、展示会や貸出時の作業負荷軽減にもつなげていく予定です。
あわせて、反物や原図をデジタルで残すため、大型高性能スキャナーと画像管理ソフト「DOMASII」も導入しました。これにより、紙や現物で保管していた原図や反物を画像データとして蓄積し、検索や確認にかかる手間を大幅に減らすことができています。現在は約50年分のナレッジを順次データ化しており、将来的には作業時間の短縮だけでなく、新しい柄づくりや価値向上にも活かしていく考えです。
また、これまで原図を保管していたスペースを、研修や育成など別の用途に活用できるようになりました。蓄積した画像データは、今後ホームページのコンテンツとして活用し、情報発信の強化につなげていく予定です。
――DXを進める上で苦労された点はありますか。
棚卸など一部の業務では大きな成果が出ていますが、織物のデータ量が非常に多く、全体としてはまだデジタル化の途中段階です。そのため、現場全体としては「仕事が劇的に変わった」と実感するところまでは至っていない部分もあると思います。
――飲食事業でもDXが進んでいるとのことですが。
グループ会社の飲食部門では、予約管理のデジタル化を進めています。以前は、レジ横に置いた手書きの台帳を見ないと予約状況やお客様の情報が分からない状態でした。そこで、Excelのマクロ機能を活用し、顧客情報を登録・蓄積できる仕組みを整えました。現在は、予約が入った段階でデータベースに自動的に登録され、スタッフにも通知が届くようになっています。
こうした仕組みによって、過去に結婚式を挙げていただいたお客様がレストランに来店された際、予約情報と顧客情報からスタッフが事前に把握できるようになりました。そのため、予約が入った段階で通知を受けたスタッフが、お客様の来店時に「〇〇様、お久しぶりです」と自然に声をかけられるようになっています。
また、手織り体験や草木染めなどのワークショップについても、予約管理をデジタル化し、どのチャネルから、どのようなお客様が来ているのかを自動で集計できるようになりました。現場に姿勢を示す意味も込めて、自ら手を動かしながら改善活動に取り組んでいます。
データ蓄積が未来への投資に。次の100年を見据えて
――今後、さらに取り組みたいDXのイメージはありますか。
現在進めているデータ化の取り組みを、今後は現場改善にとどまらず、より経営判断に活かせる形へと発展させていきたいと考えています。織物の世界では、これまで「この柄は以前売れた」「これは感覚的に良さそうだ」といった判断が中心でしたが、過去の柄や販売実績をデータとして蓄積・分析できれば、より根拠を持った判断ができるようになります。何十年後かに次の世代が事業を引き継ぐときにも、こうしたデータがそのまま会社の財産として残る状態をつくりたいですね。
――データを残すことは、将来への備えでもあるのですね。
そうですね。もう一つは、職工の技術を次の世代につなぎやすくしていくことです。伝統産業では「背中を見て覚える」という文化が根強くありますが、人手不足が進む中で、それだけでは技術を十分に伝えきれないと感じています。大島紬の製造工程の中には、「絣締め」など、限られた職工しか担えない工程がありますが、その担い手は高齢化が進んでいるのが実情です。こうした工程は代替が利かず、もし担える人がいなくなれば、その時点で大島紬そのものが作れなくなってしまいます。
だからこそ藤絹織物では、技術を感覚や経験だけに委ねるのではなく、できる限り記録し、残していく取り組みを推進しています。
具体的には、専門用語や工程をすぐに調べられる環境を整えたり、大学と連携してスマートグラスを活用したりして、ベテラン職工の目線や手の動きをデータとして残す取り組みも進めています。技術を“見える化”することで、次の世代が学びやすい環境をつくり、技の継承につなげていきたいと考えています。
あわせて、大島紬そのもののイメージも変えていきたいですね。「伝統工芸だからすごい」のではなく、「デザインがかっこいいから欲しい。実はそれが大島紬だった」と言われるような存在を目指しています。DXに取り組むことでメディアに取り上げていただく機会も増えていますし、そうした発信を通じて、地元の若い世代にも大島紬を身近に感じてもらえるきっかけになればと思っています。
伝統産業こそDXが必要。小さな成功体験の積み重ねを
――これからDX推進したいと考えている企業に、アドバイスをお願いします。
現場の方は、「今のやり方が最善ではないかもしれないけれど、自分には一番合っている」と思っていることが多いと思います。その意識を変えるのは簡単ではありません。だからこそ、大きな改革を一気に進めるのではなく、小さな成功体験を積み重ねていくことが大切だと感じています。
私自身、何か新しい仕組みを導入しようとすると、今でも現場から「また社長が何か始めたよ」と言われることがあります。ただ、実際にやってみて「前よりも楽になった」と実感してもらえれば、少しずつ受け入れてもらえるようになります。最近導入した順番待ちシステムも、最初は不満の声が出ましたが、1週間ほどで「便利になった」と評価が変わりました。
もう一つ大事なのは、経営者や担当者が自ら現場に入り込み、生の声を聞くことです。システム部門だけでは、現場が本当に困っているポイントはなかなか見えてきません。現場をよく知る人間が、直接話を聞きながらシステム部門と一緒に進めていくことが、DXを前に進めるうえでは欠かせないと感じています。
将来的には、自社で取り組んできたDXの経験を、他の大島紬メーカーや、同じような課題を抱える伝統産業・製造業にも還元できたらと考えています。棚卸の効率化や顧客管理など、特別なIT企業でなくてもできるDXの形を示していくことが、業界全体の底上げにつながればうれしいですね。
藤絹織物株式会社
HP:https://fujikinu.shop/
所在地:鹿児島県 鹿児島市南栄1-8-1奄美の里内
従業員数:10名
代表:藤 陽一